セピア色の世界とモノクロの少女たち






 2人の少女がいた。

 2人は透き通るような白い肌に、肩まで伸びた白銀の髪。
 空のような蒼い瞳をしている。身にまとうワンピースは、一切の汚れを許
さないような純白。

 もう1人は浅黒い肌に、肩まで伸びた漆黒の髪。
 黄昏のような朱色の瞳をしている。見にまとうワンピースは、闇のような
どこまでも深い黒。

 正反対の色をした少女たちは、瓜二つの顔をしていた。
 目も鼻の形も唇も、全て同じ。

 2人は手をつなぎ草原に寝転がって、空を仰いでいた。白は右腕に、黒は
左腕に、どす黒い刺青があった。複雑な模様を描いたそれは、歪で禍々しく、
少女たちに不釣合いなものだった。
 

 時が止まったように、風が吹かない。だから草がこすれあわない。音がな
い。日が沈むこともないから夜が訪れず、日が変わることもない。


 絵画のように、ただその場所は静かだった。
 すべてが虚ろの、まるで嘘のような世界。嘘のような、永遠。


「ねえ」


 黒の少女が呟くような、聞き取るのに苦労するような小さな言葉を発した。
白の少女はそれを聞き漏らすことなく、空を見ていた目を隣に寝そべる黒の
少女に視線を移した。
 黒は微笑み、次の言葉を詠うように紡ぎだす。


「世界はね、白と黒を求めているんだって。光と闇。均衡を保つために、い
つもそれを願っている」

「……へえ」


 珍しく饒舌な黒に、白は驚きつつ次の言葉を待った。


「求め続けるなんて、世界は……人間は傲慢だね。でもだからこそ、弱くて、
脆くて、儚くて、狂っていて、愛しい」

「……」


 黒の朱の目は慈愛に満ちていた。白は反対に、静かで冷たい目をしていた。
だが、その目は明らかな戸惑いの色を見せている。どう答えればいいのかわ
からずに小さく首を振って、ため息を吐いた。


「私には、よくわからない。役目なのよ」


 白の言葉に、黒は一瞬悲しげに、そして鈴が鳴るような声で笑った。変え
られない宿命。滑稽な運命なんて2人の間に必要ない。


「ふふ、そうね。あなたとわたしは正反対だもの。わからなくて当然、かな」

「……ごめんね」

「いいのよ。あなたにも解るときがくる。そのときこそ、あなたとわたしが
1つになるとき。そうして世界が終る時」
 

 それは、予言のように。確信を持つ目を、黒は白に向けていた。ぎゅ、と
2人は手の握る力を強めた。数瞬、いつものような静寂がその場を支配する。

 黒が今までと一転して、静かに、しかし強く言った。
 


「時間だよ。そろそろ、『彼』が目覚めるころだわ」


「もう?」

「そう。……行かなくちゃ。それでね、聞いて。わたしたちは彼を殺す役目
はもちろん、世界の歪みを直さなきゃいけない。その方法を思いついたの。
 
 あなたが光、わたしが闇になる。
 混沌とした世界を、変えるために」

「どうしてあなたが闇なの」

「わたしが黒くて、あなたが白いから」


 2人はどちらともなく手を離した。
 お互いの温度が、指先から消えていく。いつも隣にあった存在が、消えて
なくなる感覚。時間が迫っている、と2人は理解していた。

 自然にそれを受け入れていた。こうなることはずっと前から決まっていた。


「私たち、はなればなれになるの?」

「そんな悲しい顔しないで頂戴。安心して、わたしたちはやがてひとつのも
のになるの。元々ひとつなんだから。そうしてずうっと繰り返すのよ。悲し
い連鎖を続けるこの世界に終りをもたらすの」


 その言葉に、白はゆっくり頷く。それに安心したように黒は笑みを深めた。
そして、自分を指差して黒は言った。子供のような、幼い笑みを浮かべてい
る。


「そうね、決めたわ。わたしが世界全ての敵になる」


 次に白を指差す。


「それで、あなたが世界全ての味方になる」


 黒はきれいに微笑んでいた。これから先のことも、わかっているのにまる
で知らないかのように、純粋で無邪気な。だからこそ、白もつられて、同じ
ように笑んだ。白と黒は立ち上がる。



「光は、闇を殺す。だから、わたしを殺しに来て?」

「うん」

「さあ、行こう。わたしたちの役目を果たすために」
 


 瞬く間に、少女たちは消えた。もとからいなかった、とでもいうように。

 風が吹く。

 若草の香りを運ぶ。

 日が落ちる。

 夜が来た。

 明日が来ない、時が止まった楽園は存在しなくなった。少女たちのように、
静かに消えた。そこにあった虚ろの世界は、どこかへいった。



 ま る で ゆ め の よ う に 。
 


 少女たちの隣で、世界は終わる。
 







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